私のよもやま話

私は、何度も、いろいろな資格の受験勉強を経験していますが、このこと(知識の量と質の関係)に気付かなければ、大変だったと思います。私の場合は、外資系の銀行時代に、たまたまその銀行は、エデュケーション(社員教育)に大変熱心な職場であったため、ラッキーでした。

高校、大学時代と勉強できる環境にいながら、まったく勉強しませんでしたが、社会に出て感じたことは、鼻っ柱の強い、若いだけが取り柄の人間では、恥ずかしくて社会をまともに歩いてはいけないと痛感させられたからです。やはり、人間的な常識はもちろん、それに知識がプラスされてはじめて一人前なんだなと思うようになりました。
いろいろな先輩と会い、いろいろな同僚、後輩たちと接触することで人生勉強ができました。それは、いい意味においても、悪い意味においてもです。

私のサラリーマン生活の最初は、日本の会社でした。休みもなく毎日、毎日、残業がきつくて大変でした。しかし、当時の日本は、終身雇用が当たり前で、どこの会社に入っても大なり小なり同じようなものだったと思います。社会人になって、考えさられたのは、自分は誰のために働いているのかということでした。とにかく、有給休暇なんてとれません。1か月のうち2週間くらいは午前様(午前2時ころ)でした。あんな生活が続くとだんだん思考力が低下していくようでした。

こんなことではいけないと思い、思い切って外資系金融機関の社員募集の広告にとびつきました。そこで、面接と試験を受け、幸運にも合格することができました。
私が入社した当時の、人事部長は、入社当日私に、“これからは、自分のために働いてください。そして、大いに勉強して、大いに楽しんでください。あなたの働き方が結果として会社に+1以上であれば、結構です。有給休暇も必ず100%消化してください。但し、休暇は自分のために使うんですよ。旅行も結構、勉強も結構。体調が悪くて休む時は、大概の場合病気休暇が認められますから。”といわれました。何と良い会社のだろうかと最初は本当に驚きました。

時間内は、必死に働き、極力残業をしないで済むように心がけました。外資系でしたので、慣れるまでは大変でしたが結構楽しく働くことができました。社内では、各種勉強会もあり、私は、最初会計の資格を狙うゼミに所属しました。また、社員研修の仕事も任され大変貴重な経験をいたしました。私の人生の方向性が決まったのは、この銀行に入ったからだと思います。

その後、職場が変わりましたが、将来は、独立して生活できればいいと強く意識しながら、働いてまいりました。
「生きがいを見つけて働くこと」。いつしか、それが私の目標となっていました。
いまは、その夢の途上にいます。なんとか頑張りたいと思いますが、決して1人だけでやれるものではなく、知り合いになれた人とはできるだけ協力して、人生を共に歩いていければと考えています。

                                (文責 田中正彦)

 

 

 

相続は財産の承継のみならず   あなたの心をつなぎます・・・

 これから降りかかる老後の諸問題をどれだけ冷静に受け止め、解決していくことができるか、一歩一歩、前に進むことが大切だと考えています。

 

 

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